WEAKEND
- 創作コンテスト2015 -

いつか、その空虚が優しい真実になる日まで



※ES/TRUEエンド軸後の話

真実は儚く、脆く、消え行き、忘れられるものである。

『さよなら』の言葉を、別れを告げることもなく、何一つ真実を残すことなく…
‘護剣の精’と言う嘘だけを残し、彼女はその時間から消えた。

嘘だけを残された時間で彼——クサナギは‘護剣の精’として消えてしまった彼女——ミウナの姿を、面影を追うことだろう。
もう二度と会えないと心のどこかで感じつつ、いつか、いつかと、淡い期待を捨てきれずに…

しかし、そんなのは臆測だ、都合のいい解釈だ——…そこまで思い、ミウナであり、ミハンである彼女は苦笑した。
偽りの自分の面影を、占い師ミウナをもし本当にクサナギが捜してくれるのなら、どんなに素敵だろうか、どんなに幸せだろうか……どんなに……空虚だろうか、と。

闇剣ラグナロク。
それを発動し、持ち去ってからどれ程の時間が経っただろう。
時折、あの僅かな時間を思い出しては、ミハンは重苦しい気持ちになっていた。

罪悪感——否、そんなものよりも、嘘しか残せなかったことが寂しい。
自分勝手ではあるが、それだけが唯一、ミハンの中に残っていた真実だった。

遠くからでもいい、でも、出来るなら傍で…クサナギが立派に王になる姿を見てみたかった。

せめて、別れの言葉を言えれば良かった。

クサナギの中で『ミウナ』のままでいたかったと願いつつ、『ミウナ』でも『ミハン』でもない本当の自分を少しでも残していきたかった……本当に身勝手だが、今ではそう感じるのだ…

あの、幼く頼りなく、しかし強く優しい少年の姿だけが、ずっとずっと、脳裏から消えない。

クサナギの部下は言っていた。
愛情を知らない彼は、ミウナに母親の姿を求めている、友達と過ごす時間を求めている…と。

クサナギと接している内に、自然とミウナも彼に対し、妙な愛情を持っていた。

それはまるで、母性のような、身近な友人のような…
たった僅かな時間で、そんな愛情を彼に持ってしまった。
最後まで彼を騙した自分にその資格はないと言うのに…


「…ごめんなさい、クサナギ」

ぽつり、と。
彼女は誰も居ないたった一人の空間で謝罪の言葉を告げた。

一面の黒。
空も壁も床も、何一つ見えはしないその暗い暗い空間に彼女は仰向けに倒れ、静かに目を閉じる。

日の光が当たらないニハ王国。
あの国の真実の姿も、この空間のように黒く、暗く、寒く、淋しい場所なのだろう…

あの人も、弟も、一応の仲間達も居ないこの自分だけの空間で、彼女は疲れたように眠りに就いた。

——…
———……

「…未練がましいものね」

と、彼女は自身を嘲笑う。
夢の中の場所は、ニハ王国に在るカミヒカリの場であった。

本当ならば、もう二度とこの地を目にしたくはなかった、いや、目にする資格はなかった…
たとえそれが、夢の中だとしても…

「私は、本当はこの時間に存在すべきではなかったのだから…」

彼女は苦しげな表情をして吐き捨てるように言い、早くこの夢が覚めるようにと固く目を瞑る。

「なぜそう思うんだ?」

すると、背後から聞き覚えのある…懐かしい声がして、彼女は肩を揺らした。
しかし、固く閉じた目を開けることはしない。振り向くこともしない。

「…見えもしない星に願ったのかしら?私の夢の中に現れたいって」

彼女はミウナとして過ごした時間の時と同じく、余裕のある声音で言った。
夢の中であろうと、この手の言葉にクサナギはムキになって反論してくるだろう、そう思いながら…
しかし、

「ああ。ずっと願ったよ。見えもしない星に」

素直に言葉を返してきたクサナギに、彼女は少しだけ驚いたが、(ああ、そうね。これは、私の都合のいい夢なのだから)と、すぐに納得した。

「ふふ、それで?わざわざ願って、私に何の用なの?」

彼女はやはり目を閉じ、クサナギに背を向けたまま、馬鹿げたことだと思いつつ、夢の中の彼に問う。

「お前が今、独りで苦しんでいたから…。言っただろ、お前は僕の本音を受け止めてくれた。だから、今度は僕がお前の本音を受け止めてやるって」

結局、お前の本音を何も聞けなかったから…と、クサナギは言った。

「……。相変わらず子供なのね。本音も何も、今の私からあなたに告げるべき言葉なんて何一つないわ」

そう、冷たい口調で彼女は言うが、

「なら、どうしてお前は今、泣いているんだ?」

クサナギは彼女の背中にそう言葉を投げ掛ける。

「泣いている?泣いてなんかいないわ。第一、あなたから私の顔は見えないでしょう?」

そう彼女は答えたが、不覚にもその声は震えていた…

「…ラグナロクが発動して、お前が消えて…お前の姿を捜したんだ。ニハ王国に占い師ミハンなんて居ないことがわかったよ」
「……」
「お前はいったい、誰なんだ?」

クサナギの問い掛けに、彼女は当然答えはしない。

「…僕はお前の本音を受け止めるよ」

しかし、彼女はやはり何も答えず、

「どんな答えであろうと、全部受け止める」

だって——…
そこでクサナギは一旦間を置き、ゆっくりと息を吸う。そして、

「お前が僕の前に現れたから、僕は変われたんだ。自分がすべきことを、守るべきものを、王としての在り方を……そういった今まで見ようとしなかったものを、僕はお前のお陰で見れるようになったんだ。だから、今度は僕がミウナを助けたい」

そう、言葉を吐き出した…
そこまでの言葉を黙って聞いていた彼女は静かに首を横に振り、

「あなたは本当に、強いのね。私は…あなたに嘘を吐いたのよ?」
「嘘?」

まるでわからないな、と言う風に、クサナギは言う。

「…もう知っているでしょう?ミウナなんて居ない、そして私は護剣の精なんかじゃない…」
「ああ、知ってるよ」

彼女の言葉にクサナギは頷き、

「でもそれは、嘘なんかじゃない。ミウナは嘘を言っていない」
「…え?」

クサナギに背を向けたまま、彼女は顔を上げた。

「だって、ミウナはいたじゃないか。あの場所に、あの時間に。占い師ミウナとして、護剣の精として…僕を導いてくれた。それは嘘なんかじゃない、全部真実だ」

…なんて、真っ直ぐで無理やりな言葉なのだろう。
そう思いつつも、彼女は溢れ出る涙を止めることは出来なかった……
夢の中だと言うのに、涙も、この感情も、クサナギの言葉も……
まるで全てが現実のように彼女の中に染み渡る。

「…っ」

ようやく彼女はクサナギに振り向き、彼の顔をとても久しく見た…

「違うわ、クサナギ。私は……ミウナじゃない。ミハンでもない……私は…」

言い掛けて、だが言葉を詰まらせた彼女にクサナギは微笑み、

「ずっとずっと、捜してた。…やっと、本当のお前に会えたな」

そう、ミウナでもミハンでもない姿をしている彼女に優しく言い、困惑するように泣いたままの彼女の前にクサナギは立つ。
今の彼の目に、彼女はどんな姿で映っているのだろうか…
最早、それは彼女自身にもわからない。

「ずっと、言わなきゃいけない言葉があったんだ」
「……何を?」
「…」

王ではなく、少しばかり照れたような少年の表情をクサナギはして、数秒黙り込み、それから手を伸ばして彼女の右手を握る。

「出会ってくれて、ありがとう。お前は僕の国の民だ。だからまた、何処かで…」

——そこで、景色は暗転した。

再び一面の闇の中、彼女は目を覚ます。
ぼんやりする頭を軽く振り、ゆっくり身を起こしながら、

「…なんて、都合のいい夢なの…」

そう、渇いた笑みを溢す。
だが、不思議なことに、右手に微かな温もりがあった…
それは、夢の中でクサナギに握られた手。

彼女は右手を宙に翳し、静かに見つめる。

(…私は、どんな形であれ、あなたの中に残れたのかしら…クサナギ…)

真実は儚く、脆く、消え行き、忘れられるものなのであろうか?
それとも、いつまでも色濃く、忘れられないものなのであろうか…

彼女は願う。
いつか彼が、立派な王になることを。

叶わないとしても、彼女は願う。
いつか、彼の国の民として、彼の傍らに再び在ることを…

ニハ王国でのあの僅かな時間で、クサナギは彼女にとって、まるで愛しい子であり、手の掛かる弟であり、傍に居たい友であり、何より大切な、たった一人の——…

瞼を閉じ、空間と同じ暗闇の中で、彼女は自らの胸に手をあて、一人、静かに優しく微笑み、優しく言葉を紡ぐ。


「クサナギ、私も…あなたに出会えて良かった」

赦されるのなら、いつかまた、何処かで——。


Fin.


©WEAKEND