天使の城 公園
閃輝隊はラオンの指示通り3つのグループに分かれ、それぞれの担当区域を探索していた。
「ねえ、あれってどう見てもフリズよね」(ヒソヒソ
ハーニとレミは茂みに身を潜め、可能な限り小声で会話していた。
「はい、間違いありません」(ヒソヒソ
「なんかフツーにベンチに座って本読んでるんだけど」
「そ、そうですね…」
ハーニの言葉通り、まるで休日の一コマなのかと誤認してしまう程、フリズの周りの時間はゆっくり流れているように見えた。その姿はとても追われる者とは思えない。
「どうします?あそこまで無防備だと逆に仕掛けづらいというか…」
「…私に考えがある。とりあえずレミはこの場で待機でお願い」
フリズ(?)は自らに迫る足音を感じ取り、視線を本から目の前の人物へと移す。
「あれフリズじゃない。今日も本読んでるんだ。どんな本なの、それ?」
ハーニは自然な笑顔を意識してフリズと接する。若干表情が固いのはここだけの話である。
「あ…、ハーニさん!この本はですね、氷属性の魔法について書いてあるんです。扱い方から対処法まで記述してあって便利ですよ!」
…!私の名前を知っている?ってことは乗っ取った人の記憶まで自由に引き出せるってコト!?思ったよりヤバいヤツなのかも…コイツ。
「そっか、勉強熱心だね。今度私にもいろいろと…」
今だッ…!
素早く彼女の武器、メリヴスリングを右手に掴む!今回は捕縛するため、リングにはロープが結び付けられている。
会話の途中からの突然の奇襲。行ける…!とハーニは確信した
…が、ハーニの手からリングが放たれる前に手首を掴まれた。
フリズ(?)は不適の笑みを浮かべている。それはハーニの知る彼女とは遠くかけ離れたものだった。
彼女の目には怪しい輝きが秘められていた。その目を見た時、不思議な感覚を覚えた。
それは恐怖のようであり、歓喜のようでもある。言葉に置き換えることは難しいが、強いて言うならば、ゾクゾクするような感覚であろうか。
そして、それとは別に自らの体に異変が起きていることに彼女は気づく。身体に力が入らないのだ。
特にフリズに掴まれている右手は完全に脱力した状態になっていた。
「悪いがしばらく眠ってもらおうか」
とてもフリズの言葉とは思えないセリフが彼女から発せられたと思えば、目前には手刀が迫っていた。
それに気づくことはできても力が入らない。皮肉にも恐怖から逃れるために目を瞑るだけのことはできた。
もうダメ…!
「サンダーボルトッ!」
再び目を開いた時、フリズ(?)の姿は目の前にはなかった。
そして、脱力感もゾクゾクするような感覚も消え去っていた。
ハーニは大きく息を吐く。
「大丈夫でしたか?」
「ありがとレミ、助かった」
寸前のところでレミが魔法を放ったことで、フリズ(?)は攻撃を中断し、回避行動へと移行したのだった。
「全く…、人が静かに読書している時に、それも俺が追われていることを知らない体で騙し討ちを仕掛けようとは…、天使の風上にも置けないな」
「人の身体を弄ぶあんたに言われたくないわよ」
そう言いながらもハーニはリングを放つ。
それに対し、フリズ(?)は指一本を突き出すと共に冷気の塊を撃ち出した。
冷気を受けたリングは凍結し、推進力を失い地に落ちる。
正確無比な命中精度、魔法を暴発させてしまうことが多々ある本来のフリズでは考えられないことだった。
「これならどうよ!」
リングを3枚取り出し、一斉に投げつける。
「頭数を増やしても変わりはしない」
今度は親指、人差し指、中指をそれぞれ伸ばし、同様に冷気を3発撃ち出す。
寸分の狂いもなく、冷気は全てのリングの動きを奪っていく。
「でもこれは陽動なんだろう?わかっているよ」
フリズ(?)の目線の先には密かに呪文詠唱を進めていたレミの姿があった。
ハーニが敵の気を引き、レミが雷属性魔法で痺れさせ、動きを奪う。そして捕縛する。そういう作戦だった。
しかし、それも難なく読まれていた。
「来るとわかっていれば避けるのはたやす…ん?」
次の瞬間、フリズ(?)は体勢を崩す。足元の地面が急に隆起したからだ。
咄嗟にハーニは地属性魔法、ストーンブリッヂを発動させていた。
「お願い!レミ!」
「はいっ!スパーキングボール!」
レミは連続して雷の球体を飛ばす。それらはバランスを崩したフリズ(?)めがけて覆うように襲い掛かる。
轟音が鳴り響く。直撃したことは誰の目から見ても明らかだった。
「よし、後は…!」
ハーニは再びロープ付きリングを手にし、振りかぶる。
しかし、あろうことか雷撃で痺れて動けないはずのフリズ(?)はいつの間にか目の前に迫っていたのだ。
掌を突き出してきた彼女に対し、ハーニは反射的に後方へ身を退く。
「なんであんた普通に動けるのよっ!レミの攻撃は当たってたんじゃ…!?」
「当たっていたさ。地形を崩したのは見事な機転だ。あれでは避けようがない。それに雷魔法も強烈だった。だが、その力を少しばかり吸収させてもらったよ。ダメージは受けたが、俺自身のエネルギーにも変換させてもらった」
「よくわからないけど、吸収したエネルギーを利用して痺れから速攻で復帰したってこと?さっきから変な力を使ってくるし、あんたは何者なのよ!?」
「アスモデアノスだ」
「へ?」
「聞こえなかったのか?そんなレディのためにもう一度名乗ろう。アスモデアノスだ」
「…いや、聞こえなかったとかじゃなくて、何で普通に名乗ってるの?そこは正体を隠すところじゃないの?」
「フー、何者かと聞かれたから名乗ったのに、文句を言われるとは…。最近のレディの心はよくわからないな。素直じゃないレディ…これが俗に言うツンデレというやつか?」
「うるっさい、私はそんなんじゃない。そもそもツンデレの解釈も違ってるし」
「あ、えっと、とにかく、わざわざ名乗ることに得はないはずなのに、何故自ら?」
話の流れがなぜか妙な方向に行きかけたので慌てて路線修正を行うレミだった。
フリズの姿をしたアスモデアノスはスッと人差し指を一本立てる。
「一つは、俺はレディの願いであれば極力聞き届けるようにしているからだ」
「マジメに答えなさいよ」(ぼそ
「もう一つは俺は元は天人であり、天使達の優秀さをよく知っているからだ。時間はかかっても天使達がゆくゆくは俺の正体を暴くであろうと思っていた。だから先に名乗っても問題ないと判断した訳さ」
「それはご親切にどうも」
「そうだ、名乗ったついでにもう一つ良いことを教えてあげよう。
俺が他者の身体を乗っ取れる時間には限界がある。何せ一つの身体に二つの精神が共存し、且つそこに魔獣の力が加わっているからね。
非常に不安定なこの状態は長続きしない」
「ということは…!」
レミの表情に期待が見え隠れする。
「そう、そろそろこの身体とはサヨナラということさ」
「ちょっと待って、それって次は私達のどちらかに憑りつくつもりじゃ…」
ハーニ達は身構える。
「いいや、君たちには楽しませてもらったからね。別の人を探すとするよ」
そう言うとアスモデアノスは踵を返し、この場を去ろうとする。
「ちょっと待ちなさい!そう簡単に逃がすと思って…ってイタぁ!!」
ハーニは盛大に滑って転んだ。よく見れば足下には薄い氷が貼ってある。
どうやら先ほど彼女に接近したときに仕掛けたようだ。
「大丈夫ですか!?」
「ん、大丈夫。けど逃げられちゃったね」
彼女達の視界にはフリズ(アスモデアノス)の姿は完全に消えていた…。
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