WEAKEND
- 創作コンテスト2012 -

天使軍
任務No.25030205 報告書。

・概要
カシール地方未開洞穴に確認された正体不明の魔物(以下、シャドーカオスと称す)の調査
・報告
シャドーカオスは魔物の力を吸収し傷を癒す特異な能力を持つ模様、合わせて戦闘能力はA級魔物に匹敵すると断定。
既に天人に犠牲者が出ている。
この存在はカシール地方、ひいては天界全体にも多大なる悪影響を及ぼすと判断、加えて捕獲は困難を極めると予想される。
上記の事から、天使軍第一小隊にシャドーカオス討伐の任を要請する。

 

 

 

 

―――天使の城、神の間。

 

「オックス、この報告書はお前が書いたのか?」

厳格な顔をした上級天使が尋ねた。
"智天"と称されることもある彼は神ジオディの側近天使としてこの神の間で責務をこなしている

日々の任務の報告書も全て、彼の目を通してから神へと渡されるのだ。

「…ヨーイフ、事の次第はお前だって分かっているだろう?」

彼はその"智天"ヨーイフを見据えた。

天界北西のカシール地方の村がドラゴンに襲われたという報告を受け、天使軍第一小隊がその討伐に向かった事が発端だった。

初めは近隣に住む龍族の仕業だと判断していたが、調査を進める内にある洞窟からドラゴンが異常発生していることが判明する。

その現れた複数のドラゴンの中で実態のない影の様な姿を持ち、周りのドラゴンを従えていたのがシャドーカオスだった。

部隊は犠牲を最小限に抑え辛くも退いたが、その力はえも言えぬ凶悪さを宿していた…と報告され、数ヶ月前から調査が続いていたのだ。

「複数の調査をした。この目でシャドーカオスを見て分かったんだ、あれは危険すぎる。」

天人に犠牲が出ている以上今この時も被害は広がっているといっても過言ではないのだ、この報告書は通してもらう必要がある。

だが、ヨーイフは返答を渋っていた

「しかし前例のない事態だ、もっと調査を重ねて万全を敷く必要があるだろう?
あそこは天魔を繋げるブリッジの近くだ、加えて今は天魔の関係が芳しくない…
下手に動けば、シャドーカオスよりも大事になりかねん」

「天界を、天人を守る為だ。
魔界には危害を与えないよう立ち回ればいい。俺ならできる」

しばらく考えて、彼はため息を1つついた

「…変わらないな、お前は。」

しかめっ面を僅かに緩め、小さく笑う

「答えなど初めから決まっている、今日にでも神に通しておこう。
…こんな時、お前の友として共に戦えなくなった事が、側近天使になった唯一の後悔だな」

報告書を折り畳み、彼は踵を返して神の間の奥へと歩き出した

「…ありがとう、ヨーイフ」

彼の後ろ姿を見送り、オックスは神の間を後にした

 

 

――――

 

 

「…また任務かよ」

家で任務への準備を進めていると後ろから声をかけられた
我が息子ながら、痛い所を突いてくる

「ごめんな、ルーシ。
今度の任務が終わったら、ゆっくりできるから」

「知らない。
あんたがここでゆっくりしてる時なんか、ない」

…本当に、痛い所を突いてくるもんだ

「今回は、本当だ」

ルーシは黙ってこちらを見据えてくる、こうなると意地でも動かない。
全く、一体誰に似たのか

「怒るなよ、今度の任務はカシール地方に行くからなにか…お土産でも持って帰るさ。」

任務で行くぐらいだから確かではないが、カシール地方名産の何かしらがあったはずだ

「いつも寂しい思いをさせてごめんな。
でも今度はちゃんと帰るから、いい子で待ってるんだぞ」

その言葉にものすごく嫌そうな顔をして、ルーシは呟いた

「子供扱いするな。…あと、母さんの分も。」

「ああ、必ず持って帰るよ」

不器用な会話だ、自分でもそう思う。
だけど、それがなんとも心地よかった

…全く、一体誰に似たんだか。

荷物をまとめ終わり玄関へと向かう、明日にでも任務が入るだろうから小隊の編成と作戦会議も兼ねて小隊部屋に泊まるつもりだ

「玄関の絵、替わったんだな…」

額縁に入れられた風景画が目に止まった
以前は天使の城だったはずだが、今は森の中の小さな家が飾られている。

何日も帰っていなかったせいか、懐かしさと共にどこか自分だけ取り残されたような…そんな違和感を感じて、すぐにそんな考えを振り払った。

「行ってきます。」

大丈夫だ、またここに帰ってくるのだから。
きっと、大丈夫。

 

 

 

「新しいNo.が?」

「ああ…H6873と付けられた
まだ大きな動きは見せていないが徐々に勢力を増しているようでな、A級魔物を凌駕するほどだ。
万一を考えて私が調査に同行することになった」

"全天一"とも呼ばれる第一小隊隊長、ゼノンに呼び止められたのは少し前だ。

報告書は無事受理され、シャドーカオス討伐任務が課せられた

昨日の内に作戦と部隊編成を済ませていたとはいえ、小隊長が不在になるのは大きな痛手だ

だがこればかりは仕方がない。

「共に行けないが、心は共に在る。
お前の事を"大いなる天使"と敬う者も少なくない。
生きて帰ってきてくれ、オックス」

大いなる天使…そんな事は聞いたことがない。
まあ大方、ナルハ辺りが広めているのだろうが。

「"大いなる天使"…か、まったく俺達は大きく呼ばれるなあ」

「実力を認められた証だろう、お前の二つ名に相応しいと私は思うがな」

「…ああ、その名に恥じないよう務めを果たして見せるさ」

一抹の不安はある。
ただこれが自分に課せられた運命ならば、乗り越えてこそだろう。

ゼノンと別れを告げて、小隊を引き連れ天使の城を後にする
自ら志願した任務だ、願ってもないことなのだ。

だがこのどうしようもない不安は一体、何なのだろうか。

 

 

 

―――カシール北西地方、未開洞穴。

 

洞穴内は恐ろしいほど静かだった。
時折思い出したかのようにどこかで滴る水の音が洞穴内で反響し、奥へと進む隊員の足を鈍らせる。

暗闇の中で唯一頼りの光は松明だ。
もちろん魔法で光を作り出すことも可能だが進む分には支障はないし、微量であっても聖力を使う魔法の使用は極力避けておきたい。

相手が回復能力を有しているのならば、尚更だ。

「…一旦休憩しよう、みんなガチガチじゃないか」

数分が数時間にも感じられる張りつめた空気の中では上手く事が運ばないだろう。

ここからが正念場だ
これから始まる闘いに備えていかなければならないのだから。

「……なんだ?」

何か地鳴りのような音が聴こえた
いや、これは鳴き声だ。
複数のドラゴンの鳴き声が聴こえる。

「全員戦闘準備!!作戦は頭に入っているな!」

松明を投げ捨て魔法を放つ
暗い洞穴内が光に満たされ、そして…

「…笑えないな」

魔物の群れ。
ドラゴンは勿論コウモリのようなモノや1つ目のモノ…闇から涌き出るように現れた無数のそれらに向けて、たかだか十数名の天使たちは各々の武器を構えた

「皆、3人以上で固まって連携を取り合ってくれ!

準備はいいか?」

全員が無言で頷いた。
それを確認して、彼は声を張り上げる
言い様のない不安を振り払うように大きく、大きく。

「…これより、シャドーカオス討伐任務を決行する!」



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