WEAKEND
- 創作コンテスト2011 -

※流血、グロテスク、暴力表現及び過去捏造が大いに含まれます。
※「ラオンさんは間違っても部下に手出しはしない」とお考えの方は特にご注意下さい。




「はあっ…はぁっ……」


暗い森の中、明茶色の髪を二つに纏めた中級天使の少女――ハーニが微かに涙を浮かべ、息を切らしながら一目散に走り続ける。



後ろからゆっくり追って来るのは魔物でも魔族でもない。
紛れも無く、自身の上官であるラオン。



(何で、こんな事になってるの……?あれは一体、何?)

自身に問う。
頭の中が混乱して、何が本当なのか解らない。
そんな心境である。



何故、この状況を作り出してしまったのか。
その理由(わけ)は、半日前に遡る。


***



―天使の庭―




ハーニを始めとする、数名の隊員がいつもの様にラオンの到着を待っていた。
彼は普段から最低でも五,十分程度は遅刻するが今日はいつもに増して遅かった。

二十分が経過し、ようやくラオンは到着した。

「隊長、遅いですよ。今月何度目ですか?」

「いやあ、ごめんごめん。大事な資料を探してたんだ」

「もう…気をつけて下さいよ」

「悪かった。 じゃあ改めて……今日の任務はAランクでセントラルロディジャ郊外の森に突如現れた『コカトリス』の退治。街の人に被害が及ばないうちにしておかないとね。以上だ。ハーニ、後は任せたよ」

「……は〜い」


これもまた、放任主義なラオン率いる閃輝隊では日常茶飯事である。だが、今回は少し違った。任務に向かう時、彼に一旦引き止められる。

「あ、そうだ。ハーニ、一つ…忠告しておこうか」

「へっ?」

少し間を置いた後、ラオンはいつもより低い声で告げる。


「あそこの森にある丘の頂上には……絶対に来たら駄目だからね」

「……はぁ」


この時は彼が何の意味合いを持って言っていたのか、理解出来なかった。


―セントラルロディジャ・郊外の森―




この時既に三匹もの標的を相手にした彼女達。


ドラゴン程では無いがコカトリスは普段、天界では滅多に見られない魔物である。居ても山あいのより深い所等、人の気配が殆どしない場所に。
そのような魔物が何故、こんな所まで来ているのか。

誰もがそんな心境であった。


「ハーニさん!あちらの木陰にも一匹見られます!」

「OK。じゃ、皆行くよ!」





「はぁ、はぁ…やっと片付きましたね」

「そうね。それにしても凄い数だし」

見渡す限り、コカトリスは八匹近くは居た。

「去年のドラゴン騒ぎにペペルの騒動以来、普段見ないような場所に魔物がよく出て来てるみたいだな」

「…はぁ。確かにあれ以来、色々とおかしい事が起きてますよね。 それでは、今日はもう暗くなって来たので宿に泊まり、明日の朝、城に帰ります」

「「「「「はい!」」」」」


こうして一同で宿へと歩みを進めている間――ふと、ハーニは今朝、ラオンに忠告された言葉を思い出す。


(それにしても、隊長は何でいきなりあんな事言い出すのかな……まぁ、たまに変な事言うのもいつもの事だし)


しかし、何となくだが気になって仕方がなかった。


「絶対」見るな・来るな…等と言われると余計に物事が気になってしまうのもまた、人の性。

結局は彼女も最終的には本能に負けてしまったと言える。


(そうだ。どうせ隊長いないんだし、あの森はもう何もいないんだし……夜中に一回戻って行ってみよっかな。  …私が行ったって知ったら隊長、どんな反応するかな………プフッ)

心の中でそう呟き、一人口角を微かに上げる。
すぐ隣にいた下級天使はそれを不思議そうな目で見ていた。

今思えば、これがいけなかった。
彼を甘く見ていた。



―宿の外―




思惑通り、森に戻ろうとするハーニ。看板のある所から出ようとする時、一人の下級天使の少年とすれ違う。


「あれ?ハーニさん、お出かけですか?」

「まあね。日付が変わるまでには戻って来るようにするから」

「(?) …解りました。お気をつけて」


こうしてハーニは宿を後にし、目的地へと歩みを進めた。


実質、今日の任務で向かった郊外の森と今夜泊まる宿はそれ程遠くはない。
森に一番隣接している宿を選んだから。



彼女は知らなかった。



ラオンの中に赤い悪魔が宿っている事。


普段の軽い風貌からは想像もつかない、残虐な一面があると言う事を――




宿を出た後、驚く程の静寂が辺りを支配していた。

つい先程までコカトリスの群れでぎゃあぎゃあ鳴り響いていたこの森も例外ではない。

(別にこの程度なら行ったって構わないよね)


そう。ここセントロラルディジャ郊外の森は普段、魔物など全く棲息していない至って静かで安全な場所である。
それなら頂上にだって何も危険な物は無いはず。
そんな所に何故、来るななどとラオンが言うのかが未だに理解出来ない。

そんな心境でハーニは突き進んでいた。



「それにしてもこの森、頂上までそんなに距離は無いはずなんだけどな〜。日付が変わるまでには戻って来たいけど…これじゃちょっと無理かなぁ」

そう呟いて時計を確認すると、まだ九時(現世換算)を回ったばかりで少し安堵感を覚える。

それでも尚、目的地までの距離は遠く感じた。




暫く歩き続けていると、月が見えてくる。
それは、頂上はすぐそこにある事を示していた。





「――!!?」


瞬時、足元の奇妙な感覚と共に生々しい音が耳を貫く。


(やだ、気持ち悪い…。何今の)


そう感じながらも、恐る恐る顔を近づけ確認してみる。


「うっ!!」


噎せ返るような悪臭に思わず鼻と口を手で覆う。


「あ、そうだ…さっき、任務でコカトリス退治してたんだっけ」

直ぐにそう確信するハーニ。
…しかし、直後にそれは疑問へと変わっていく。


任務とはいえ、こんなに高い所まで自分達は登っていない。
ラオンに「近付くな」と釘打たれているから。
と言う事は、自分が見落としていただけでコカトリスはこんな所まで繁殖していたのだろうか。

…きっと、誰かが気付いて退治してくれたのだろう。


そう自分に言い聞かせ、再び歩き始めた。
その時は、道端にコカトリスの死骸が散らばっていても多少は気にならなかった。
悪臭に鼻を覆ってはいるものの。


頂上はもう間近。




ドクン…

(…え?)


突如、激しい動悸が彼女を襲う。

同時に誰かを殴っているような物音、不気味な話し声、男の声であろう悲痛な叫び声。


「うぐっ……  ………んだ」

「…? ……ね」



(嫌な予感が止まらないよ……)


胸の動悸は更に激しく鼓動する。

目的地はすぐ側にあるのに、入ってはいけないような気がする。
ラオンに今朝言われたからだろうか。
それとも、頂上に近付いた所でコカトリスの死骸を見てしまったからだろうか。
…否、今ここで聞こえてくる物音や声の所偽だろう。


しかし、ここまで来た以上はもう引き返せない。

(一瞬だけ…一瞬なら大丈夫だよね)



暫くその場で立ち尽くした後、意を決したように足を踏み入れた。





「――!!?」



その信じられない程の光景に、彼女は驚愕の色を隠せなかった。





そこには自身の上官であるラオンが継ぎ接ぎの服装をした魔族らしき男を何度も電拳や神棒を使って至極楽しそうにいたぶりつけている姿があったからである。
その表情は普段の皆を包み込むような笑顔ではなく、残虐かつ冷酷な笑みであった。
凄まじい程の殺気が溢れ出ている。


(隊…長? 何でここにいるの…ってか何やってんの!?)


頭の中が真っ白になり、その場を動けなくなった。
頭の中は相変わらず警鈴が鳴り続けているにも関わらず、呆然とする。



やがてラオンはこちらに気付いたらしく、ハーニの方を向く。




「―!!」


「…おや」



冷酷な笑みを張り付けたまま、彼はハーニに数歩近付く。
彼女はあまりの恐怖に言葉が出なくなり、二歩後退る。


束の間の沈黙の後、ラオンは普段よりトーンの低い声で発した。



「見たんだね」

「……っ」

それを聞いた瞬間、ハーニは全身から汗が噴き出て来るのを感じた。
足の振えが止まらない。
それでも何か言い訳をしようと口を開く。


「こ、これ、は…その」

「俺の事、化け物だと思ったでしょ」


彼女の言葉を遮るかのように言い放つラオン。
冷酷な笑みを張り付けたままゆっくり近づいて来るその姿は恐怖以外の何物でもなかった。

自分も今にもあの男のようにいたぶりつけられるのだろうか。

そんな心境が頭を駆け巡っていく。



「い……い………… 嫌あああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁああああああああ!!!!」


耳を貫くような悲鳴が辺りに響き渡る。

ハーニは直ぐさまその場から―森から離れるため、全速力で元いた道を引き返した。
ラオンもまた、後を追うために早歩きで引き返して行った。
「逃げても無駄だ」と言わんばかりに張り付けた笑みを浮かべながら。




***



「―っ!!」



何かに躓いて転んでしまった。

「痛った… あれ、ここどこ…?」



辺りを見渡すと、そこは市街地の路地裏だった。
宿の方は通り過ぎてしまったらしい。
行き先も確認せず、ただ逃げる事に精一杯で走り続けていたから。

「……っ」


瞬時、激しい頭痛がハーニを襲う。
先程までの、ラオンの姿と表情を思い出していた。



普段の彼と言えばいつも放任主義で部下任せで。
滅多な事が無いと自分が手を出す事は殆ど無い。
他の小隊の隊長には居ない程、先輩としての威厳が無い。

そんな彼があんな所で人をいたぶっているなんて。
一体どう言う事だろうか。
何故。どうして。

考えても答えなど出て来る筈が無く。


彼女はその場にただ座り込み、その両瞳には涙が次から次へと零れ落ちる。


「う……っ」


成す術も無く、その場で泣き崩れるしか無かった。

尊敬していた上官が解らなくなった。
そんな心境であった…。





「見いつけた」



「きゃああ!!」


既にラオンは追いつき、真正面に立っていた。
そして彼女の腕を思い切り掴み、無理矢理立たせる。



©WEAKEND